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♡プロフィール♡

やまみ自己紹介

はじめましてෆ˚* やまみと申します(*´ ˘ `*)

ご興味を持ってくださり
本当にありがとうございます( ;ᵕ; )

このブログとわたしのこと、少しでも
知っていただけたらとっても嬉しいです♬.*゚

まずは、簡単な自己紹介を
させていただけたらと思います( ˊᵕˋ )♡.°

 


やまみ

♡職業:自己肯定感カウンセラー/保育士
♡年齢:1970年代
♡家族:夫・20歳男女の双子・猫1匹
♡住居:名古屋
♡好き:猫・お花・料理(苦手だけど、誰かのためならがんばれて楽しくなります^^♪)

 

わたしは優しい夫と双子の子ども達、
素敵な友達にも恵まれて今とっても幸せですꕤ*°

𓈒𓏸心の底から思えたのはここ最近のこと。
ずいぶん時間がかかってしまいました𓂃

 

実は、30代半ばまで
どんなに幸せでもなぜか心が満たされなくて、
強い孤独感
を感じていました( ᴗ_ᴗ̩ )

 

些細なことでも傷つき
自分に自信がなくなると...

「私なんていなくてもいいじゃない?」と
自分の存在価値までも否定してしまう始末。

 

そんな自分が嫌い
「こんなお母さんでごめんね。」

と自分を責めてしまったり
自己肯定感がすっごく低かったです。

 

‪𓂃 𓈒𓏸自分でもよくわからない
心にポッカリ穴があいてる感じ”を

夫にも親友にも、誰にも打ち明けることなく
今までずっと隠して生きてきました。

 

うまく言えないけれど

“ 自分はダメ人間 ”という思い込みに
支配されていた
んだと思います(;;)

 

そんなわたしはある日、
しあわせって自分次第なんだぁ…」と

あたり前のことにようやく気付く
人生の転機がありました.ᐟ.ᐟ

 

それから、理想の自分になるために
毎日コツコツ自分磨きをしました✧˙⁎⋆

ほんの少し毎日の習慣を変えただけ”で
プラス思考のクセが身について、勝手に
自己肯定感が上がっていったのですᕷ⋆͛*

 

どんどん自分のことが好きになって、
人から愛されるようになって、

いつの間にか自信もついて、
ダメな自分も認めるようになって♡

人生が180度変わりました!

 

自分が変わればまわりが変わることも痛感し
ストレスフリーになりました♬.*゚

 

よく「性格は変えられない」と言いますが、
わたしは変えられるものと思っています♡

わたしがその証明だから断言できます‪𓂃 𓈒

“人間はいつからだって、何歳からでも
なりたい自分になれます!

 

このブログを読んでくださったあなたが

「自分」「子育て」「親子関係」「人間関係」
に悩み

もしも、わたしと同じ境遇にいるとしたなら

ほんの少しでもあなたの手助けになりたい!
と心の底から想っています♡

 

そんな想いから
大好きな愛猫やお花、がんばってる料理と共に
日々、感じたことを書いています(*˘︶˘*).。.:*♡

 

このブログを通して、世界中のたった一人でも
多くの人のお悩みを0.1ミリでも解決できたなら

わたしにとって
こんなに嬉しいことはありません( ;ᵕ; )♪


その
自信のなさ
ポジティブなエネルギーに…

生きづらさを感じている人を救い、
自分次第で人生楽しくなるよって伝えたい♡

ハートのデイジー

わたしは子どもの頃から勉強も運動も苦手な
劣等生でした。

 

人見知りでコミュニケーションも苦手、
友達作りも上手くなくて𓈒𓂂

人の目を気にして、自分がなかったり
そんな自分が嫌いでした。

 

・バカでドジ
・なんの取り柄もない
・友達とうまく話せない
・人に嫌われたくないって行動、疲れる…辛いなぁ

 

そんな風に
自分はダメな人間」って

自分を否定しては落ち込み
ずっと自分に自信が持てませんでした

 

.⋆

会話のない暗い家庭も苦痛で仕方なくて
いつも葛藤がありました。

親の愛情を感じられず、いつも寂しくて
どうしてこんな家に生まれてしまったんだろう…

他の家の子に生まれたかった」と
ずっと思っていました。

 

・・・とまぁ、こんなわたしだったのですが (^^;

 

*.゚

ここから先はもう少し詳しく
わたしの歩んできた人生をお話します.ᐟ

「自分と同じでびっくりしました。」
「共感しました。」
「どうしたらやまみさんのように変われますか?」

など嬉しいご感想をいただいております♡
本当にありがとうございます(;▿;)

 

過去を包み隠さず本心でお話ししています𓂃 
ぜひ、続きを読んでみてください(♡ˊᵕˋ♡)

 

悩み苦しみながら歩んだ子ども時代

孤独でさみしかった小学時代

わたしには12歳と10歳離れた兄がいます。

何かのきっかけで「兄弟いる?」
と聞かれると、誰もが決まって

「すごく可愛がられて育ったよねぇ~
待望の女の子だし」と言います。

 

普通はそう思いますよね𓂃
実際は
会話、笑い声、笑顔のない家庭でした𓈒𓏸

 

「おはよう」「ただいま」「おかえり」
挨拶もなくて

食事中はいつも無言𓂃
5人家族だけど5人でご飯を食べたことがないです。

 

クリスマスにサンタクロースは来なくて
わたしは悪い子だからサンタさんは来ないんだ」
と思っていたり𓈒𓂂𓏸

 

また、誕生日にケーキもなかったので
お誕生日にはケーキでお祝いする家庭に
ものすごく憧れていました。

 

*.゚

父は子どもに無関心
子煩悩ではありませんでした。

一緒に遊んでくれた記憶がなくて
まともな会話も一度もしたことがありません。

例えば、自転車の乗り方を教えてくれた.⋆もなく
…愛情を肌で感じたことがありませんでした。

でも、赤ちゃんのとき抱っこされてる写真があって

このたった一枚の写真が心の救いになっています♡

 

「子どもって無条件に親が好き」だから

小学校低学年までは
子どもながらに遠慮しながら

父にがんばって話しかけたり
くっついていっていました。

 

けれど、寄る度に父に嫌がられ
悲しかったし

「嫌われている」と思っていました。

 

おまけに父は酔っぱらい。

わたしと遊んでくれない
自分の都合で怒ってくる

そんな父が嫌いになり、高学年には

父とのコミュニケーションは諦め
もう愛情も期待しなくなっていました

 

そんな父に一番傷ついていたところは、

やまみは大変。わがまま。
と人に話すこと( ・-・̥ )

*.゚

父が人に話すときの会話って
思えば、自分の子どものことを謙遜して言う

日本人の美徳、日本人特有の文化だったのかも
と今なら思えますが、

子どもだからわからないし
愛情をもらっていないのに言われてしまうから

父の言葉を真に受けて傷ついていました( ; _ ; )

 

そして、父は「お母さんがかわいそうだ。
と人に言うのです。

邪魔者なんだと思っていました。

 

ある日、こんなことを耳にしてしまいました。

「お母さんが産むって言うから
そのせいで仕事が大変になった…」と

.⋆

だったら産まなきゃよかったのに。
わたし、生まれたいって望んでいない。

生まれたくなかった」と、悲しくて𓈒𓂂

お風呂でシャワーをジャージャー流して
泣いたことを今でも鮮明に覚えています𓂃

 

𓈒𓂂父の話すことをいつも黙って聞いていたけど

一言一言の人格否定が
少しずつ、1ミリずつわたしの心に刻まれ

それがやがて大きなモノになり、

そんな目に見えない
“ダメな自分”っていうモノが

わたしの「自信」を知らず知らずのうちに
奪っていったのかもしれません。。。

 

*.゚

 

母は、過干渉

母が良かれと思ってわたしにしたことの数々が
わたしを苦しめていました。
 
母は世間体を気にする勉強熱心な人で
子どもを自分の思い通りにする母でした

「ダメ!」と制限が多く自由がなかったです。

.⋆

これには本当に驚いたのですが、
ある日いきなり家にピアノが届きました。

「ピアノ習いたくない。」
そんなこと言えない親子関係でした。
 
わたしはピアノ以外にも学習塾、そろばん、
習字、水泳などたくさん習い事をさせられ
平日は予定がびっしり。

 

今なら母なりの愛情だったと理解できますが、
わたしは習い事をさせてもらえる愛情よりも

楽しい会話をしたり、
たわいもないことで笑ったり、

そんな
何てことない母の愛情を心底、望んでいました。

 

ピアノの件にしたって、他にも母の期待に応え
わたしは何もかも母に従順でした

けれど、母は一度も褒めてくれなくて

学校の成績が悪かったからか
母はわたしに冷たかったです。

 

.゚風邪を引いたときは、いつもより増して
母の機嫌は悪くヒステリー

おかゆを作ってもらった記憶なんて
もちろんないし

病気しても怒られる、怖い。
「迷惑かけてごめんなさい。」でした。

 

.゚また、母は人の悪口を言う人で
いつも父の悪口も聞かされていました。

だから、わたしは父のことが
ますます嫌いになっていったし

また、そんな母が嫌いでした。

 

*.゚

12歳離れた兄は、かわいがってくれましたが
わたしが小学1年生になった時、県外の学校へ𓂃
兄と会えなくなってしまいました。

一番上の兄がいなくなり、唯一の
心のよりどころがなくなり寂しかったです

 

10歳離れた兄は、引きこもりでした。
兄も心の闇を抱えていたのだと思います。

2番目の兄は、父と母と同じで
わたしを煙たがっていました𓂃

𓈒𓂂兄は、わたしとどう接していいのか?
わからなかったのではと、今となっては思う𓈒𓏸

なぜなら、父や母がわたしをかわいがる姿を
兄は見ていないから。

(˙˙)𓈒𓂂𓏸
父や母がわたしをうっとおしがる姿は
二番目の兄に伝染している気がしていました。

 

2人の兄ともいわゆる
世間一般の兄弟関係は築けていなくて

お兄ちゃんがいるのに一人っ子みたいでした。

.⋆

わたしには祖父祖母もいなくて
4人とも会ったことがありません。

「もしも、おじいちゃんおばあちゃんがいたら
一人ぼっちじゃなかった」と考えていました。

 

人見知りでコミュニケーションも苦手だったので
お友達もいなくて

誰もが大好きであろう学校が休みの日曜日は
暇で仕方なくて

日曜日が大嫌いでした。

こんな感じの毎日を過ごしていたわたしは

子どもの頃から「長生きしたくない。」
と思っていました𓂃

思えば
子どもの頃から生きることに悩んでいました 𓈒𓏸

 

笑い方がわからなかった中学時代

持ち前の明るさはあって
中学生になると、少し明るい子になれました。

 

同じクラスのお友達と同じ部活、
卓球部に入ったことがよかったです。

コミュニケーションが苦手なわたしでも
受け入れてくれる優しいお友達ができました。

 

友達と話していると楽しくて「友達っていいな」
って友達の大切さを知りました。

 

.*

ここでちょっと
自分でも驚いたエピソードをお話します𓈒𓂂

わたしはある日

「やまみちゃんって笑い方、へん。」
って言われた
ことがあるんですね。

びっくりしました.ᐟ

 

𓈒𓏸自分で自分の笑い方を観察してみたら

お友達の言う通り、
本当にすごくへんだったんです。

ワンテンポもツーテンポもスリーテンポも
遅れてフフフッみたいな。

 

そのとき気がついたんです。
わたし、家で笑うことってないって.ᐟ.ᐟ

 

それくらいにわたしの家庭は会話がなくて
会話がないから当然、笑うこともない訳で。

テレビを見て笑うことも許されなかったから
わたしは笑い方を知らなかったんです。


自分でも衝撃的な事実でした。

 

いじめられてしまった高校時代

少しは自分を出せるようになったのですが、
コミュニケーションはまだまだ苦手でした。

 

だから、そんな自分を変えたくて

高校では友達をたくさん作ろう!
明るく社交的な性格になろう!

と、元気な大人数のグループに入ってみたのです。

でもこの決断が大変なことになってしまいました𓈒𓂂

 

.⋆

わたしは3.4人までのグループなら
自分を出せるようになったけれど𓂅

大人数は自分に合っていなくて
相当、無理していました。

大人数を克服しようと自ら飛び込んた世界は
簡単に克服できるモノではありませんでした𓈒𓂂

 

みんなが話しているのをニコニコ
ただ聞いているだけ。

口下手でうまく話せなくて
頭の回転も遅いから話すのもゆっくり。

声も小さくて
大しておもしろいことも言えない。 

 

いつも気を張っていないと喋るタイミングを失い
全く喋らないで終わることがほとんど。

話さないと嫌われるんじゃないか?
がんばっても、みんなの会話のスピードや元気に
ぜんぜんついていけない。

「おとなしいわたしは存在感ないなぁ」
と凹んだり、そんな自分を責めていました。

 

また、グループ内の友達の悪口を聞いてしまうと
いつかわたしも言われるんじゃないかって

いつもビクビクしていました。
いつも周りの目を気にしていました。

 

みんなに気を遣いすぎて、家に帰るとぐったり。
疲れ切っていました。
夜は毎日、眠れなかったです。

そんなわたしは、ある日
いじめられてしまいました。

集団無視されてしまったのです𓂃

 

˚‧ 今でも鮮明に覚えています。

ある朝、待ち合わせの駅のホームに誰も来ません。
あれ?今日学校はじまる時間、違う?

でもそんなことないよね
同じ学校の子達いるし…

え?もしかして?
わたし仲間はずれにされちゃった??

 

心臓の音が聞こえるくらい
ドキドキドキドキドキドキドキドキ…

体中から汗が湧き出ていました。

 

.⋆

学校について教室に入ると、
仲間外れはすぐに確信に変わりました。

みんなはすでにいました𓂂𓏸
誰も目を合わせてくれませんでした。

 

𓂃席につくと、話したこともない担任の先生が
「どうした?」って声をかけてきました。

必死にグッと涙をこらえていたけど
涙腺が一気に崩壊してしまいました。゚。・:。

 

涙がポロポロポロポロ、こんなに涙が出るんだ
っていうくらいに大泣きしてしまいました。

どんなにがんばっても涙を止められなくて、
気持ちとは裏腹に
涙がどんどん出てきてしまいました。゚。・:。

 

つらくてつらくて悲しくて悲しくて、絶望でした。

 

.⋆

一人ぼっちを隠したかった
から、電車通学はやめて
自転車通学にしました𓂃約1時間かけて
誰よりも早く学校に着くように行っていました。

 

誰もいない静まり返った校舎に一人…
トイレに隠れてみんなが来るのを待つ。

みんなの話し声が聞こえると出て行って、
何気なく席に着く。

わたしが仲間はずれになってるって、
多分みんなにバレバレなのに
バカみたいにそんなことしていました。

普通を装うことで自分を守ろうと必死だった
のかもしれません。

 

帰りは自転車置き場まで猛ダッシュ.ᐟ
やっと帰れるってホッとしてました。

帰り道、自転車こぎながら
自分を励ましてました(つ﹏<。)

「(卒業式まで)あと〇日。がんばれわたし、がんばれ…」
と毎日カウントダウンして𓈒𓂂𓂂𓏸

卒業すればこの苦しみから解放される.ᐟ.ᐟ
というゴールがあったからがんばれました。

 

ゴールがなかったら今頃どうなってたんだろう?
と、いじめの悲しいニュースを見る度に
今でもつらくなり、怖くなります𓂃 𓈒

 

もう地獄。人生どん底でした。。

 

こころが折れる日は

わたしなんか良いところがひとつもないし、
わたしはイジメられてとうぜんの人間。

わたしなんか生きてたってしょうがないし。

わたしが生きてる意味ある?

わたしがいなくなったら
誰か悲しんでくれるのかな。

「こんなに辛い思いするくらいだったら、
〇〇〇方がラク。〇〇〇方がマシ。」が口癖。
「交通事故にあいたい」って思ってた㊙

 

そんな
いじめられてしまった高校時代は
人生の中で一番の暗黒時代。

いじめられたことでわたしは
もっと自分に自信をなくしてしまいました

 

でも、進路は明るかったです✧˙⁎⋆

運よく保育科のある短大の推薦をいただけて
ラクして進学することができました.ᐟ.ᐟ

幼稚園教諭になりたいと母に相談したら
反対されましたが、

内緒で保育短大への推薦願用紙を提出したら
通ってしまいました(^^♪

 

悪いことばかりじゃない。いじめに耐えたご褒美?
神様っている!と本気で思いました♡

 

自分で決めたこの人生の選択が、大正解.ᐟ

~ それから人生は好転していきましたᕷ⋆* ~

 

気が置けない友達ができた楽しい短大時代

何の取柄もないけれど子どもが大好き♡だったので
幼稚園教諭になりたいな、と保育科の短大に進学しました.ᐟ.ᐟ

「勉強が苦手だけど、どうせ勉強するなら将来
役に立つ仕事がいいな。」と感じ

また、人の育て方を学ぶことができれば
自分のことも育てられる気がしました。

そして、わたしは育った家庭環境に悩んでいた
ので親の心理を知れるかもしれない、
そんな気持ちもありました。

*.゚

短大では自分に似た雰囲気の子が多くて
すぐに打ち解けて、すぐに友達ができました。

みんな優しくて保育士になりたい子しかいない
から、似た性格の子が多かったです。

いつも笑って過ごすことができました(*^▽^*)

 

短大時代に友人関係で悩むことは
一度たりともなく楽しくて♬.*゚

気を使ったりする必要がなく
自分が自分らしくいられる
場所でした♡

自分に合う環境を選ぶと居心地がいい♡
ということを学びました。

 

母の言う通りに生きていた

「仕事できない」母のせいにしてた

楽しい短大生活でしたが、一方バイトでは
ちょっとしたミスでもひどく落ち込んで
その度に自分を卑下していました𓂃 

 

苦境にぶつかると、決まってわたしは

「お母さんが何もさせてくれなかったから、
お母さんが何も決めさせてくれなかったから、

だからわたしはしっかりしていない。
こんなダメな人間になったのはお母さんのせい。」

と、母を責める自分がいました。

「仕事できない」のは母のせいと思っていました。

 

母の言うことは絶対だった

わたしの意見や気持ちを聞いてくれない母は、
楽しみにしていた成人式の振り袖
決めさせてくれませんでした。

 

わたしは振り袖を見に行く前から、密かに

「振り袖だけは絶対にコレがいいって言うぞ!」
と意気込んでいたのですが、やっぱり

母はわたし言うことを全部否定。
いつもの否定でしかなかったです𓂃 𓈒

 

憧れの振り袖でしたが、結局
母がコレという物になってしまいました。

いつだって母の言うことは絶対でした

 

.⋆
当時のわたしは
「母の意見=正しい」という思い込み、
言うならば洗脳されていました。

 

思えば母のセンスが特別いい訳でもないんです。
なのに、
「母が言うことに間違いはない!」

自分が選ぶより、母が選んだ方が正しい!
そう思ってしまうのです。

 

1つ1つ自分で選択してこなかったから、何でも
自分の意見に自信がありませんでしたたたずむ女性

情けないけれど、20歳になっても

何でも母に従い、何でも我慢して
親に自己主張できない子でした。

 

自分勝手に決める母のことがイヤで仕方ないのに
何でも母に頼っていました。

母に依存
していました。

★母依存について詳しくはこちら
  ↓
生きづらい原因は母依存?自分の人生、自分でコントロールすれば人生は楽しい♪

 

自分の価値を認めてくれた職業

自信を与えてくれた幼稚園教諭

短大卒業と同時に、晴れて幼稚園教諭になれて
わたしは幼稚園に就職することができました。

幼稚園の先生という仕事は
とても自信を与えてくれました。

 

大変なこともありましたが、子ども達は
めちゃくちゃ可愛いしおもしろいです♡

幼稚園教諭をしたことで自分が成長できた経験は
とてつもなく大きくて、

わたしの人生においてかけがえのない一生の宝物。
わたしにとって、とっても大きな財産です♡

幼稚園の先生と子ども達
失敗もたくさん経験して
ひどく落ち込むことも山ほどありましたが、

いっぱい反省しながら自分なりに
精一杯、一生懸命にがんばりました( ◜ᴗ◝)و

 

責任感が成長させてくれました.ᐟ.ᐟ

 

辛いことがあったとしても
自分が好きなことだから乗り越えられました♡

人に感謝されることが嬉しくて
人の役に立てることが好きなことを知りました♡

 

幼稚園教諭という職業は、子どもを育てる
お手伝いをさせて頂く仕事ですが

わたし自身、子ども達の成長とともに
成長させてもらい感謝しかないです♡

幼稚園教諭という職業に
自分の価値を教えていただいきました♡

 

~幼稚園教諭6年勤め退社/26歳で結婚しました~

 

必要とされ嬉しかった介護職

結婚後、デイサービスセンターで
介護の仕事をしました。

わたしは祖父祖母を知らずに育ったからなのか?
お年寄りの方のお世話をしたい気持ちがありました。

 

介護職は特に排泄や入浴の介助が大変でしたが、
やりがいがあって楽しかったです♪

目上の方に失礼かもしれませんが、
利用者さんのことをかわいい♡
と思っていました(o^^o)

話しをすると笑顔になってくれる利用者さんの方々𓈒𓏸

自分を必要としてくれることが嬉しくて
自分の存在を認めてもらえる気がしていました♡


↑手編みのひざ掛けを編んでくれた方♡
いつも手紙をくれる方♡

家までわざわざ手作りハンバーグを持ってきてくれた方もいました♡

ステキな思い出ばかり✧˙ 一生の宝物です( ;ᵕ; )

 

~ 妊娠がわかり介護のパートを辞めました ~

 

子供ができて「変わりたい!」と強く思う

子ども達のおかげで変わっていった

31歳で男女の双子の子ども達を出産しました。

一度に2人の子どもに恵まれ人生最高に幸せ♡
愛おしいってこういう気持ちなんだ♡

と知りました(*´︶`*)ꕤ*°

双子育児は想像以上に大忙しで大変でした。
とにかく眠かったです~~(つ_-*)。οΟ

でも「可愛い」「愛おしい」って気持ちの方が
何倍も大きくてすっごくがんばれました♡.°

 

わたし自身が愛情不足で育ったおかげで
「愛情たっぷりに育てたい」想いが常にあって

それがエネルギーとなりがんばれました♡♡

 

子ども達の寝顔を見ていると

この子達には幸せになって欲しい、
この子達には寂しい思いは絶対にさせたくない

「素敵なお母さんになりたいなぁ。」♡♡とか^^

 

わたし自身、自分のことを好きになりたい♡

子どもができたことで
以前よりもそう思っていました𓂃 𓈒𓏸

 

「アダルトチルドレン」を知り変化

可愛い双子の子ども達にも恵まれ、
夫も優しくわたしは幸せでした。

だけど、なぜかやっぱり自己否定する自分や
強い孤独感に襲われる自分がいて

「どうしてだろう?」と悩んでいました。

 

心にポッカリ穴があいてるような感覚です。

 

そんな頃、子ども達を連れてよく行っていた
図書館でアダルトチルドレンを知りました。

アダルトチルドレン(AC)ってご存知ですか?

アダルトチルドレンとは、
家族関係が『機能不全家族』にあり

子どものころに家庭内トラウマ(心的外傷)
によって傷つき、
その傷を抱えたまま大人に
なった人のこと
です。

 

.*
機能不全家族とは、「家族としての機能」が十分に
備わっていない家庭のことで、団らんや語り合い
等なくお互いが支え合っていない家族のことです。

親がアルコール依存、ギャンブル依存症、
生活困窮状態といったケースだったりしますが

「機能不全家族=外から見て問題がある家族」
とは限らなくて

一見すると普通の家庭にしか見えないのに
機能不全となっているケースも多くあります。

 


わたしの家庭は、後者の方。

一見普通の家庭にしか見えませんが、
家族として機能していない家族でした。

 

.*
チェク項目に当てはまりました↓

・父親(母親)とまともな会話をしたことがない。褒められたことがない
・父親(母親)の愚痴の聞き役だった
・父親(母親)が人の悪口を言う
・父親(母親)が母親(父親)の悪口を言う
・父親(母親)が世間体を気にしていた
・家族や子供に無関心/過干渉な親

◎「NO」と断ることができないため、理不尽な要求に従ってしまう
◎自分には価値がない、自分は必要のない存在だと思っている
◎親に依存している
◎人の目ばかり気にする
◎小さい頃から、親よりも自分の方が大人だと思っていた

「わたしはアダルトチルドレンだったんだ。」
と腑に落ちて

それから、少しずつ心が変化していきました。

 

人生を変えてくれた本

親と合わなくてストレスだったり、
人間関係や自分に悩み続けていました。

 

子どもが3歳になり保育園に通い始めたある日、
自分の心を解決しようと、本屋に行きました。

石井裕之さん
『人生を変える!「心のDNA」の育て方』
に出会いました.ᐟ

「DNA(遺伝子)」って変えられるの?って
本のタイトルが刺さりました♡

 

勉強嫌いで読書もまともにしたことがない、
本を読むと眠くなってしまう(笑)

そんなわたしが夢中になって読み学んだこと。
それは、

「幸せは自分次第」でしたꕤ*°

親のせいにするのはもうやめて
自分の人生、自分で創ろう!

そう決意しました୧(˃◡˂)୨

 

自分の人生、自分次第!

自己肯定感が高まり人生が変わった

石井裕之さん
『人生を変える!「心のDNA」の育て方』
は、わたしにとって人生の転機になりました♡

 

「変わる!」となりたい自分をしていたら

人生180度、劇的に変わりました^^♪

 

.⋆

笑顔を心がける、などそんな些細なことですが
自分を客観視して理想の自分を演じていたら

まず「最近、わたし前向き。自分が好きかも。」
と、気持ちの変化に気づきました.ᐟ

 

だんだん「ダメな自分もいいな♡」
という自分になっていきました𓂃(∩´∀`∩)

♥自己肯定感が上がる方法、詳しくはこちら
 ↓
自己否定をやめる方法を探してたけど、自己肯定感が高まったら克服できた話♡

 

自己愛が大切とようやく気付いて
未来がガラッと変わりました.ᐟ

ありのままの自分を認められたら
人生、パッと明るくなりました♪

自己肯定感が上がると自分にプラスしかありません

いつも笑顔になる
自分も相手も認められる
自分に自信が持てる
前向きになる
向上心が高くなる
ポジティブな人が集まってくる
人に愛される
ちょっとしたことでも幸せに感じる
運がいい、今日ツイてると思うことが増える
悪いことが起こらなくなった気がする
etc…

 

♡*
お友達からのお誘いも絶えなくなったり
誕生日にはおめでとうLINEをもらえたり

サプライズでプレゼントをいただけたり
たくさん褒められるようになったり…。


昔のわたしとは真逆の別人(^^♪

自分次第で、人は変われます!

 

*.゚
日々の出来事で凹んで泣くことがあっても
「こんなこともあるよね!」と

物事をポジティブに捉えるようになりました.ᐟ

自分を否定しなくなりました.ᐟ.ᐟ

 

明るく楽しく生きていく秘訣は、
自己肯定感だと経験から感じています♡


また、自己肯定感が高まったことで
子ども頃の心的外傷ストレスも克服できました。

 

 .⋆
親が嫌いでしたが、
両親に対して恨んだことは本当に一度もなくて
育ててもらったことに心から感謝しています♡

今の自分がいるのは両親のおかげだし
今の自分になれたのも両親のおかげで
「ありがとう」しかありません♡

 

.⋆
人を愛することや思いやりのこころは
つらい過去が創ってくれました♡

いいことも悪いことも経験のおかげで、

♥ステキな友達に恵まれた
♥人を傷つけない人になれた
♥人の痛みに寄り添える心ができた
♥愛情深い人と結婚できた
♥愛情をたっぷり注ぐ母親になれた
♥温かい家庭を築くことができた

 

わたしの人生これでよかった.ᐟ.ᐟ
と、心の底から思っています♡

家族ぐるみで毎年キャンプ行く
↑家族ぐるみで毎年キャンプに行く大好きな仲間♡

 

自己肯定感が高まる職業をして生きる♡

自己肯定感カウンセラーとして♡

自分に自信がなかったわたしが
自分に自信が持てるようになったこと

誰かの役に立てるかもしれないと
カウンセラーになることを決めました(*´ ˘ `*)♡

 

わたしが変われたのは「自己肯定感」のおかげ
だったので、自己肯定感の資格を取得しました.ᐟ.ᐟ

☆自己肯定感プロカウンセラー
☆自己肯定感ノートアドバイザー
☆アドラー流メンタルトレーナー
☆アドラー流ライフデザイン診断士

 

「癒されました。」
「やまみさんと話すと元気になれます。」
「前向きになりました。」
「パワーもらえます。」
と言っていただけることが多く、わたし自身も
嬉しすぎて自己肯定感が上がり感謝です(∩ˊ꒳​ˋ∩)

 

たった一人でも多くの人が

「自分は大切な存在」と感じ
“自分らしく人生を楽しんでほしい”です(*´ ˘ `*)♡

 

保育士として♡

昔のわたしと同じように、
心のよりどころがない子どもがいるとしたなら
「わたしが心の友になってあげたい♡」

そんな想いから、カウンセラーをしながらも
保育士に復帰しました(*´ ˘ `*)

「先生大好き♡」と言ってくれる子ども達は
本当にかわいいです(∩´∀`∩)

 

子ども達を肯定しながら子育てしていますが、
自分も肯定していることに繋がり、自分にとっても
プラスになっています(ㅅ´ ˘ `)

 

最後までお読み頂きありがとうございます

最後に♡(*ˊᵕˋ*)

プロフィールは長文になりましたが、最後まで
お読みいただき本当にありがとうございました♡

いかがでしたでしょうか?

本心を言うことに勇気がいりましたが、
でもそれ以上に「一人で悩まないでね♡.°」
と伝えたかったです♡

 

♡*
よろしければご感想やメッセージなど
SNSで一言でも送って頂けましたら幸いです♪

頂いたメッセージは全て目を通しております♡

これからもお悩みを解決できる情報を
たっぷりの愛を込めてお届けしていきます♡

何かお困りなことがあったときは
ぜひ覗いてみてくださいね.ᐟ.ᐟ

では𓈒𓏸ステキなご縁で出逢えたあなたのお幸せを
心の底から願っております(ㅅ´ ˘ `)

やまみより♡(*´ ˘ `*)

 

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あなたからのご連絡を心よりお待ちしております♡

 

わたしの声が聴けます♥

わたしの「声」がコチラで聴けます♡♪

Youtubeに初挑戦!
機械オンチで毎日コツコツ約3か月かかりました(涙)

緊張気味のわたしですがよかったら聴いてください♡

安心していただけたらとっても嬉しいです( ˊᵕˋ )♡

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